1919年憲法はなぜ崩壊したのか?世界初「社会権」の理想とナチスの罠

1919年憲法はなぜ崩壊したのか?世界初「社会権」の理想とナチスの罠

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民主主義の手続きを踏んで権力の頂点へ駆け上がったのが、アドルフ・ヒトラー率いるナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)でした。1932年の選挙で第1党となったナチスを抑え込めなくなったヒンデンブルクは、1933年1月30日、ヒトラーを首相に任命します。

権力を握ったヒトラーの手口は極めて狡猾でした。クーデターによる暴力的な国家転覆ではなく、「憲法の枠組みを利用した合法的な独裁の樹立」を選んだのです。直後に起きた国会議事堂放火事件を口実に大統領緊急令を発令させ、共産党や社会民主党の言論・集会の自由を根絶。反対派議員を拘束・威嚇した上で、1933年3月24日に悪名高い「全権委任法(授権法)」を国会で可決させました。

全権委任法は、「政府(ヒトラー内閣)が議会の議決を経ずに、憲法に抵触する法律をも制定できる」という実質的な憲法無効化法でした。1919年憲法は形式上廃止される宣言すら出されないまま、完全に空洞化され、全体主義の闇へと消え去っていきました。

清水 千尋
著者

清水 千尋

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。