江戸時代の社会において、すれ違う女性が「独身の娘」なのか「家庭を持つ妻」なのかは、髷を見れば一目瞭然でした。その代表格が「島田髷」と「丸髷」の対比です。
島田髷は、髪を一束に束ねたのちに折り曲げ、中心をキュッと絞り込む直線的で若々しいラインが特徴です。年頃の町娘は「娘島田」、婚礼を控えた女性は髷を高めに結い上げる「文金高島田」、遊女や芸者は根元に変化をつけた「芸者島田」など、年齢や職業によって細かくアレンジされました。対する丸髷は、髷の中に「丸髷芯」と呼ばれる詰め物を入れ、太い帯状の毛束で丸く覆う構造をしています。角が取れたふくよかなシルエットは「家庭の主婦としての落ち着きと包容力」を表す記号とされ、女性は結婚すると島田髷から丸髷へと移行しました。
さらに「武家と町人の身分格差」も髪型に明確に投影されていました。質素倹約と家格を尊ぶ武家の女性は、派手な髷の広がりを避け、清潔感のある「勝山髷」や「つぶし島田」を好みました。特に大奥などに仕える高位の奥女中は、金属製の笄に髪を引っ掛ける「片外し」を結い、身分の高さを威厳として誇示しました。一方、経済力をつけた町人階層の女性たちは、流行の移り変わりに合わせて鬢を限界まで横に張り出させたり、簪を差し替えたりと、幕府の贅沢禁止令の網をかいくぐりながら自由闊達な美を競い合いました。