事件の口火が切られたのは、1984年3月18日夜のことでした。兵庫県西宮市にあった江崎グリコの江崎勝久社長宅に、覆面をした男3人組が侵入。入浴中だった江崎社長を銃で脅して連れ去り、身代金10億円と金塊100kgを要求した江崎勝久社長誘拐事件が発生します。幸いにも江崎社長は拘禁されていた大阪府摂津市の水防倉庫から自力で脱出に成功しましたが、これは想像を絶する巨大事件の序章に過ぎませんでした。
同年4月以降、犯行グループは「怪人21面相」を名乗り、江崎グリコ本社や役員宅への放火、脅迫状の送付を連続して実行。さらに標的はグリコ1社にとどまらず、丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋といった名だたる大手食品メーカーへと次々に拡大していきました。
世間を極限の恐怖に突き落としたのが、青酸入り菓子事件の経緯です。1984年10月、関西や関東のスーパーやコンビニエンスストアの店頭に、「どくいり きけん たべたら しぬで」と書かれた紙が貼られた森永製菓の製品が実際に置かれました。警察による鑑定の結果、致死量の青酸ソーダ(シアン化ナトリウム)が検出され、日本全国の小売店から対象メーカーの菓子が一斉に撤去されるという空前の事態へと発展したのです。