救命救急センターの医師や消防本部の救急救命士への取材において、共通して語られる痛切な証言があります。「家族が倒れた際、大きないびきをかいていたので寝ていると思い、布団をかけて様子を見てしまった」「苦しそうに呼吸していたので、人工呼吸をするべきか迷って救急車の到着まで背中をさすっていた」という事例です。
オンラインコミュニティやSNS上でも、「目の前で父親が倒れたとき、不気味ないびきをかいていて息はあると思った。後からそれが死戦期呼吸だと知って激しく後悔した」という手記が後を絶ちません。なぜ一般市民は、このような致命的な見落としをしてしまうのでしょうか。
その背景には、人間の防衛本能である「正常性バイアス(Normalcy Bias)」が存在します。人間は予期せぬ異常事態に直面した際、パニックを防ぐために「これは大したことではない」「普段通りのいびきだ」「少し休めば回復するはずだ」と脳内で情報を都合よく処理しようとします。さらに、「間違って心臓マッサージをして肋骨を折ったらどうしよう」「息をしているのにAEDを貼ったら失礼ではないか」という心理的抵抗感が初動を遅らせてしまいます。
最新の救急医療教育では、この心理的トラップを打破するために「倒れて無反応、かつ呼吸が変なら全て心停止とみなす」というシンプルな思考フレームワークの徹底が呼びかけられています。