レコードのB面曲という控えめな位置づけだった『心の瞳』が、なぜ日本中の学校で歌われる国民的合唱曲になったのでしょうか。そこには、音楽の力を信じたある教師たちの情熱がありました。
坂本九さんが亡くなる直前、ラジオ番組で歌われていた『心の瞳』を偶然録音していたのが、千葉県松戸市立第一中学校の合唱部顧問であった長森比佐志教諭でした。坂本九さんの事故死を知った長森教諭は、生徒たちに命の尊さとこの曲の美しさを伝えたいと願い、カセットテープの音源から耳コピで譜面を書き起こし、同校の音楽科・滝口亮介教諭らとともに混声三部合唱へとアレンジしました。
生徒たちがコンクールや文化祭で歌うと、会場にいた他校の指導者や保護者から「あの感動的な曲は何なのか」と問い合わせが殺到します。当時はインターネットも普及していない時代でしたが、手書きのコピー譜が先生から先生へと手渡しで広がり、瞬く間に全国の中学校へと波及していきました。後に正式な混声三部合唱の楽譜として出版され、文部科学省の教科書にも掲載されるという異例のルートを辿ったのです。