彼女の歩みは、決して平坦なエリートコースではない。神戸大学発達科学部で学んだ学生時代、すでに彼女の視線は「伝えること」の根源に向いていた。難関として知られる気象予報士の資格を取得したのもその一環だ。単なる肩書集めではなく、日々の暮らしに直結する天気の変化を自らの言葉で届けたいという強い意志がそこにあった。
卒業後は愛媛県に渡り、テレビ愛媛のアナウンサーとして地域報道の最前線に立つ。地方の現場で鍛え上げられたのは、机上の原稿読みではなく、泥臭い取材現場で人々の本音を引き出す生々しいコミュニケーション能力だった。その後、活動の舞台を東京の文化放送へと移す。地方局出身というバックボーンは、中央の放送業界において彼女独自の視点を形成する揺るぎない土台となった。