青山隼の活動の根底には、自身がプレーした土地や故郷への深い感謝と愛着がある。出身地である宮城県仙台市での復興支援や青少年育成活動、プロとして確固たる足跡を残した徳島県での地域イベント、そして浦和レッズ時代に熱狂的なサポーターと出会った埼玉県でのコミュニティ活動。これらは単なるタレントの営業活動ではなく、彼自身が直接足を運んで手掛ける草の根のプロジェクトだ。
現役を退いて10年が経過した今なお、徳島や埼玉のファンが彼の出演作品を追い、劇場へ足を運ぶのはなぜか。それは、ピッチ上で見せた誠実さと泥臭い情熱が、形を変えて今も表現の中に息づいているからにほかならない。地域と連携したサッカースクールでの指導でも、彼は単に技術を教えるのではなく「人としてどう生きるか」を熱く語りかけている。