篠原氏の激動の人生を常に陰で支え続けてきたのが、天理大学時代の同級生であり柔道部関係者でもあった妻の幸代(さちよ)さんです。1995年に結婚して以来、選手時代の手厚い栄養管理から、代表監督時代の孤独な重圧、さらには突然の芸能界入りによる生活激変まで、妻は常に泰然自若として篠原氏を支えてきました。
夫婦の間には4人の子供(息子と娘)が誕生しています。家庭内での篠原氏は、テレビで見せる豪快な姿とは異なり、非常に家族思いで子煩悩な父親として知られています。かつて東京でのタレント活動が多忙を極めていた際も、可能な限り奈良の自宅へ戻る生活を崩さなかったのは「子供たちの成長する瞬間を見逃したくない」という強い思いがあったためです。
安曇野への移住計画についても、夫婦でじっくりと話し合いを重ねた上で決断されました。すでに成人した子供たちもそれぞれの道を歩み始める中、夫婦水入らずで自然と向き合い、新たな事業を育てる環境として安曇野は理想的な舞台でした。会社経営の実務や農園運営においても、家族の揺るぎない理解とサポートがあるからこそ、篠原氏は迷いなく農作業に没頭できているのです。