「もりそばとざるそばの違いは海苔が乗っているかどうかだけ」という認識は、現代の一般的な大衆蕎麦店や立ち食い蕎麦チェーンにおいては概ね事実です。しかし、伝統的な江戸前蕎麦の職人文化において、この説明は半分正解で半分間違いと言わざるを得ません。
本来の決定的な違いは、もりそばとざるそばで「つけつゆ」の仕込みを完全に分ける点にあります。伝統的な老舗蕎麦店において、ざるそば専用のつゆ(通称:ざるつゆ・御前つゆ)には、最高級の本枯節をふんだんに使い、純米本みりんや上等な砂糖を贅沢に配合した「本がえし」が用いられます。これに対して、もりそば用のつゆ(もりつゆ)は、出汁の割合を高めにしてキレのある醤油感を前面に出す仕立てが基本です。
かつては海苔の風味に負けない濃厚でコクのある甘辛いつゆを合わせるのが職人の鉄則でした。昭和中期以降、オペレーションの簡略化やコスト削減のために同一のつゆを使う店が増加した結果、「海苔の有無=名前の違い」という誤解が定着してしまったという背景があります。