原爆被爆者の手記や当時の医療記録には、極限状態における人体の損傷が生々しく書き遺されています。爆心地から1〜2キロ圏内にいた多くの人々は、熱線によって体表面のタンパク質が変質し、衣服の隙間から露出していた顔や腕の皮膚が焼けただれました。
当時の目撃証言には「両手を前に突き出し、剥がれた皮膚を幽霊のように垂らしながら歩く人々の群れ」という記述が数多く見られます。これは、焼けただれた皮膚が垂れ下がって擦れる激痛を避けるため、無意識に腕を前に突き出して歩かざるを得なかった凄惨な実態を表しています。
また、広島・長崎では爆発直後の熱線被害だけでなく、初期放射線(ガンマ線・中性子線)による不可視の破壊が人体を襲いました。爆心地付近で直接熱線を免れた地下室や頑丈なコンクリート建造物の中にいた人々であっても、大量の放射線を浴びたことで、数日から数週間のうちに脱毛、高熱、皮下出血、下痢などの急性放射線症を発症し、尊い命を奪われていきました。