この名曲がどのような経緯で産声を上げたのか、Hilcrhyme TOCの作詞経緯と誕生秘話を振り返ると、そこには地方都市・新潟で活動していたインディーズ時代の実体験が色濃く反映されています。発売年は2009年9月30日。当時、メジャーデビューを果たしたばかりのHilcrhymeは、全国的な知名度を確立するための勝負作を必要としていました。
過去のロングインタビューや本人の証言資料によると、TOCはこのリリックを「特定のたったひとりの女性(現在の妻)」に向けて書き下ろした私信のようなものだったと明かしています。当時、経済的にも将来の保証が何ひとつなかった下積み時代、自分を信じて支え続けてくれたパートナーに対し、「自分には高価なプレゼントは買えないけれど、四季折々の美しい景色をずっと一緒に見せることならできる」という、等身大の覚悟と感謝を形にしたのがこの楽曲でした。
マーケティング的なヒット狙いではなく、極限までパーソナルな想いを突き詰めて書かれたからこそ、嘘のない言葉の強度が生まれました。新潟の厳しい冬の寒さや、そこから芽吹く春のあたたかさといった、地方都市ならではの肌感覚が生々しいリアリティとなってリリックに宿り、結果として全国何百万人ものリスナーの琴線に触れるメガヒットへと昇華したのです。