歯ぎしり対策を巡っては、インターネット上に多くの誤った俗説が氾濫しています。その最たるものが「歯ぎしりは単なる癖であり、気合で直せる」という精神論と、「噛み合わせさえ治せば100%完治する」という矯正至上主義です。
臨床心理学および心身医学の観点から見ると、睡眠時ブラキシズムは「日中に蓄積された過剰な交感神経刺激の夜間放電現象」としての側面を持っています。責任感が強く、無意識に感情やプレッシャーを内に抑え込む性格傾向(過剰適応)を持つ人ほど、睡眠中に強烈な食いしばりを生じさせやすいことが知られています。
こうした中枢神経系の興奮に対しては、東洋医学的アプローチである漢方薬(特に「抑肝散」や「抑肝散加陳皮半夏」)が優れた評判を得ています。これらは本来、自律神経の乱れや子どもの夜泣き、認知症の興奮症状に用いられる処方ですが、神経の昂ぶりを静めて筋緊張を解く作用があり、心療内科や歯科心身症外来で歯ぎしり治療薬として正式に処方されています。
また、近年最もエビデンスが蓄積されているのが認知行動療法を用いた「TCH(Tooth Contacting Habit:歯列接触癖)の是正」です。安静時、人間の上下の歯は触れ合っておらず、1〜2mmの隙間(安静空隙)があるのが正常です。しかし、長時間のPC作業やスマートフォン操作で無意識に歯を触れ合わせている人は、脳が「歯を接触させる筋肉の使い方」を学習してしまい、夜間の激しい歯ぎしりへ直結します。
「歯を離す」「リラックス」と書いた付せんをパソコンのモニターや作業台など目につく場所に何枚も貼り、視界に入るたびに深呼吸して肩の力を抜き、上下の歯を離す訓練を繰り返します。日中の接触癖を断ち切るだけで、睡眠中の筋活動量が大幅に減少することが医学的に証明されています。
【プロの結論】おすすめできる人・慎重になるべき人の判断基準
マウスピース以外の対策を進めるにあたり、どの手段を選択すべきかは個々の健康状態や解剖学的条件によって明確に分かれます。編集部が専門医への取材をもとに作成した判断基準は以下の通りです。
▼ボトックス注射や薬物・理学療法を直ちに検討すべき人:
・型取りの段階や既製マウスピースを口に入れただけで強い吐き気(催吐反射)が出る人
・朝起きた瞬間に側頭部痛や強烈な顎の疲労感があり、日常生活に支障をきたしている人
・エラ(咬筋)が異常に発達し、歯の破折やセラミック補綴物の脱落を繰り返している人
・睡眠時無呼吸の兆候(強いイビキ、中途覚醒)があり、口腔内器具で気道が狭まるリスクが高い人
▼ボトックス注射などを慎重に見極めるべき人:
・妊娠中、授乳中、または近いうちに妊娠を希望している人(安全性の観点から投与不可)
・重症筋無力症など、全身性の神経筋接合部疾患を抱えている人
・日中の咀嚼力低下に対して強い不安がある人(投与量を誤ると一時的に硬いものが噛みにくくなる)
・根本原因を追究せず、1回の手術や注射だけで生涯完治すると過剰な期待を抱いている人