このテーマを深掘りするにあたり、一般にはあまり知られていない3つの盲点と、ネット上に蔓延する誤解を正しておく必要があります。
第1の盲点は、「スリーファンキーズの脱退劇とジャニーズ誕生の時期的なリンク」です。高橋元太郎氏がスリーファンキーズを脱退したのは1962年4月。まさに同じ1962年の4月に、ジャニー喜多川氏によって初代ジャニーズが結成されました。音楽業界全体が「本格的な男性若手グループ」の可能性を模索し、激動の地殻変動を起こしていた瞬間でした。
第2の盲点は、「あおい輝彦がソロ歌手として打ち立てた金字塔」です。あおい輝彦氏を「水戸黄門の助さん」あるいは「元ジャニーズ」としてのみ記憶している若い世代も少なくありません。しかし、1976年にリリースされた名曲『あなただけを』は、オリコン週間シングルチャートで6週連続1位を獲得し、80万枚を超えるメガヒットを記録しました。さらにアニメ『あしたのジョー』の主人公・矢吹丈の声優としても歴史に名を刻んでおり、単なるグループアイドルの枠をはるかに超えたマルチな才能を発揮していたのです。
第3の盲点は、「長沢純氏の卓越したプロデュース能力」です。スリーファンキーズのリーダーだった長沢純氏は、グループ解散後に司会者やタレントとして大活躍しただけでなく、芸能プロダクションや企画会社を経営。日本のテレビバラエティの基盤づくりに大きく寄与しました。「スリファン=昔のアイドル」という一面的な見方だけでは、昭和メディア史の本質を見落とすことになります。