笑福亭鶴瓶氏と妻・玲子さんの原点は、1970年代初頭の京都産業大学にあります。当時、落語研究会とフォークソング愛好会を掛け持ちしていた鶴瓶氏(本名・駿河学)は、同じキャンパスでフォークソング愛好会に所属していた玲子さんに一目惚れしました。
鶴瓶氏がメディアや自著で明かしている回顧録によると、玲子さんは誰もが振り返るほどの美貌を持ち、学内でも目立つ存在でした。口下手で泥臭いアプローチを繰り返す鶴瓶氏に対し、当初の玲子さんは冷淡そのものでした。しかし、彼の情熱的かつ裏表のない人間性に少しずつ心を開き、交際へと発展します。
二人の関係に立ちはだかったのが、玲子さんの実家という高い壁でした。玲子さんの実家は地元でも知られた格式高い旧家であり、厳格な家庭環境で育ちました。一方の鶴瓶氏は、六代目笑福亭松鶴に入門したばかりの前座落語家。定収もなく将来の保証が一切ない若手芸人との交際に対し、玲子さんの両親は猛反対の姿勢を崩しませんでした。
見合い話を強く勧められた玲子さんは、家族との決別を覚悟してスーツケース一つで家を飛び出します。アパートの狭い一室で暮らす鶴瓶氏のもとへ身を寄せ、事実上の駆け落ち生活が始まりました。1974年、周囲の反対を押し切る形で入籍。当時、鶴瓶氏は22歳、玲子さんも同年代でした。貧困の極みにあった若手時代、四畳半のアパートで互いの夢を語り合いながら過ごした歳月が、今日の揺るぎない絆の土台となっています。