日本舞踊の表現力を支えているのが、「着物」の特性を活かした身体操作と、万物を見立てる「扇子(舞扇・まいせん)」の存在です。
扇子一つで雪・盃・月を描く「見立て」の技
日本舞踊で使用する扇子は、普段使いの扇子よりも骨が頑丈で重さのある「舞扇」を用います。演者は扇子をただ仰ぐ道具としてではなく、以下のような森羅万象のシンボルに見立てて扱います。
- 要返し(かなめがえし):扇子の根元(要)を軸にして指先で回転させる高度な技。風の吹き乱れや感情の揺らぎを表す。
- 見立ての例:扇子を水平に持てば「手紙」や「盃」、斜めに掲げれば「富士山」や「月」、肩に担げば「刀」や「松明(たいまつ)」、静かに落とせば「散る花びら」や「降る雪」。
着物の裾さばきや袂(たもと)の扱い、首筋を美しく見せる角度など、衣類と肉体が一体となった所作が、見る者のイマジネーションを刺激します。
代表的な有名演目一覧
日本舞踊には数百年踊り継がれてきた名作が数多く存在します。初心者でも鑑賞・稽古で触れる機会の多い定番演目は以下の通りです。
- 『藤娘(ふじむすめ)』:藤の花が咲き誇る松の大木の下で、藤の精である若い娘が恋心を華やかに踊る名作。女舞の華麗さと衣裳の美しさが象徴的。
- 『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)』:女形舞踊の最高峰とされる大曲。鐘供養のために訪れた白拍子・花子が、華麗な衣装替え(引き抜き)を繰り返しながら恋の情念を舞い踊る。
- 『鏡獅子(春興鏡獅子)』:お小姓の弥生が手にした獅子頭に引きずられるように可憐に舞った後、勇壮豪快な獅子の精となって毛振りを披露するダイナミックな演目。
- 『連獅子(れんじし)』:親獅子が子獅子を千尋の谷へ突き落とし、這い上がってきた我が子を温かく迎える親子の情愛と厳しさを描く剛快な演目。
- 『さくらさくら』『梅は咲いたか』:小曲・端唄(はうた)として親しまれ、初心者が最初のお稽古として手振りを学ぶ定番曲。