ウェルズの名を一躍世界に轟かせたのが、1938年10月30日のハロウィーン前夜に放送されたラジオドラマ『宇宙戦争(The War of the Worlds)』です。H・G・ウェルズの古典SF小説を翻案したこの番組は、通常の音楽番組に突如として「火星人がニュージャージー州に襲来した」という緊急臨時ニュースが割り込む、画期的なフェイクドキュメンタリー形式で制作されました。
長年にわたり、「全米で数百万人規模の大パニックが発生し、失神者や暴動、自殺者が相次いだ」と語り継がれてきたこの事件ですが、近年のメディア史研究および聴取率データの客観的再検証によって、その実態は大きく異なっていたことが判明しています。当時、裏番組であった人気腹話術師エドガー・バーゲンのコメディ番組が圧倒的な聴取率(約30%台)を誇っており、ウェルズの『宇宙戦争』をリアルタイムで聴いていたリスナーは全米でわずか数パーセントに過ぎませんでした。
ではなぜ、全米規模の集団パニックという言説が定着したのでしょうか。その背景には、当時急速に台頭し広告収入を奪いつつあった「ラジオ」という新興メディアを危険視していた「既存の大手新聞各社」によるネガティブキャンペーンがありました。新聞各紙は翌朝の紙面で、警察への問い合わせ件数の増加などを誇張し、「無責任な電波放送が引き起こした集団ヒステリー」として大々的に報道したのです。ウェルズ自身は翌日の記者会見で神妙な面持ちを見せつつも、この騒動によって得られた途方もない知名度を足がかりに、ハリウッドへの扉を押し開けることになります。