平成ヤンキーの消滅と現在|ガルフィーや愛車の真相と令和への変遷

平成ヤンキーの消滅と現在|ガルフィーや愛車の真相と令和への変遷

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平成という30年間の中で、ヤンキーカルチャーは均一だったわけではありません。90年代の都市型不良カルチャーの台頭から、2000年代以降の郊外型マイルドヤンキーへの軟着陸に至るまで、ダイナミックな変遷を遂げました。

1990年代前半、東京・渋谷を中心に巻き起こったのが「チーマー」ブームです。従来の暴走族が地方や郊外を拠点としていたのに対し、チーマーは都心の私立高校生や富裕層の子弟が中心となり、渋カジ(渋谷カジュアル)やアメカジを取り入れたスタイリッシュな私服で徒党を組みました。伝統的な上下関係を嫌い、横の連帯と音楽カルチャーを背景にした彼らの登場は、不良文化の都市化を促しました。

90年代後半から2000年代初頭にかけては、アメリカのストリートギャングの影響を受けた「カラーギャング」が池袋や新宿などを中心に勢力を拡大します。赤や青、黄といった特定のカラーのバンダナやオーバーサイズウェアを身につけ、エリアごとの縄張りを誇示するスタイルは、テレビドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(2000年放映)などの影響も受けて全国の地方都市へと急速に飛び火しました。

しかし、2000年代中盤を過ぎると、こうした攻撃的なストリート文化は急速に沈静化していきます。代わって登場したのが、マーケティングアナリストの原田曜平氏が名付けた「マイルドヤンキー」です。攻撃性や反社会性を完全に脱色し、「地元から出たくない」「休日は大型ショッピングモールで家族や仲間と過ごす」「EXILEグループを愛好する」といった、極めて親和的で家族思いな消費主導層へと性質を変えていきました。平成ヤンキーの持つ「仲間意識」と「地元愛」というポジティブな側面だけが純化され、地域経済を支える中核層へと移行していったのです。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。