小泉進次郎氏の学歴を振り返ると、小学校から大学まで関東学院のエスカレーター式で進学しています。関東学院大学経済学部経営学科に在籍していた学生時代、彼が何よりも情熱を注いでいたのがサーフィンでした。毎朝のように波をチェックし、横須賀や湘南の海に通い詰める日々を送っており、この時期は将来政治家になるという明確な気負いは表に出していませんでした。
しかし、大学卒業を控えた20代前半、大きな転機が訪れます。偉大な父・小泉純一郎氏の背中を見つめ直す中で、本格的に国際政治の道を志すことを決意。選んだ進路は、米国の名門コロンビア大学大学院への留学でした。
当時の彼の英語力は、お世辞にもアイビーリーグの大学院レベルには達していませんでした。留学当初は条件付き入学(語学コース履修を前提とした合格)であり、現地の語学学校で朝から晩まで単語帳を握りしめる日々からスタートしました。のちの特番インタビューや本人の手記において、進次郎氏は当時の極限状態を次のように吐露しています。
「周りは各国のエリートばかりで、ディスカッションのスピードに全くついていけない。毎日睡眠時間は2〜3時間で、夜中にプレッシャーから吐き気を催してトイレに駆け込むことも日常茶飯事でした。『小泉純一郎の息子が逃げ出した』とだけは絶対に言われたくなかった。人生でこれ以上勉強した時期はありません」。
猛烈な努力の末、彼は2006年に同大学院で政治学修士号(M.A.)を取得。その後、米国の有力シンクタンクである戦略国際問題研究所(CSIS)の非常勤研究員として勤務し、日米関係の実務と政策立案の現場を肌で体感しました。この留学時代の壮絶な挫折と克服の経験こそが、現在の彼のタフなメンタリティを形成した原点と言えます。