原田左之助の壮絶な生涯と最期|馬賊生存説や龍馬暗殺疑惑の真相

原田左之助の壮絶な生涯と最期|馬賊生存説や龍馬暗殺疑惑の真相

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Q1:原田左之助の本当の死因と命日はいつですか?
A1:慶応4年5月17日(1868年7月6日)、享年29で亡くなりました。死因は、5月15日の上野戦争(黒門口の戦い)で新政府軍から受けた銃創の悪化による戦傷死です。遺体は本所の下谷・本寿寺に埋葬された記録が残っています。

Q2:原田左之助が中国に渡って馬賊になったという噂は本当ですか?
A2:史実ではなく、後世に広まった都市伝説・風説です。日清・日露戦争の頃に「満州で元新選組の原田と名乗る老馬賊がいた」という報道が流れたことや、切腹未遂から生き延びた不死身のイメージから生じた生存願望の創作であると歴史研究上結論づけられています。

Q3:坂本龍馬を暗殺した犯人が原田左之助だと言われたのはなぜですか?
A3:近江屋事件の現場に「伊予札の鞘」が落ちていたことや、刺客が伊予方言を使ったという証言から、伊予松山出身で同型の鞘を使っていた原田が疑われました。しかし、後の史料発掘により、真犯人は京都見回り組(佐々木只三郎、今井信郎ら)であることが確定しており、原田の関与は完全な冤罪です。

木村 陽翔
著者

木村 陽翔

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。