インターネット上で頻繁に話題となるのが、「二宮金次郎像が歩きスマホを助長するとクレームを受け、座像に変わった」という言説です。SNS上では「時代錯誤なクレーマー対応」「教育の過剰反応」と批判が集まることも少なくありませんが、この噂には事実と誤解が入り混じっています。
実際に、栃木県日光市の小学校や神奈川県小田原市などで「座った姿の二宮尊徳像」が新設・リニューアルされた事例は実在します。しかし、学校関係者や制作者の記録を調査すると、座像化の理由は単なる交通安全クレームへの迎合ではありません。
歴史的事実として、二宮尊徳が農村復興の指導者として偉業を成し遂げたのは成人してからの活動であり、本来の尊徳の肖像画や記録は「正座して思索する姿」や「農民に寄り添う姿」が正統です。薪を背負った少年像は明治期に作られた一つのイメージに過ぎず、尊徳の本来の思想(報徳思想)を正しく学ばせる意図から、あえて座像が選ばれたという歴史的背景があります。
また、「夜になると金次郎像が校庭を走る」「背中の薪の重さに耐えかねて池の水を飲む」といった学校七不思議・都市伝説も定番です。心理学的な観点から分析すると、児童にとって「常に前を向いて歩き続ける銅像」は、静止しているからこそ強い視覚的緊張感を生みます。薄暗い夕方に石像の影が長く伸びる光景や、校庭のランドマークとしての存在感が、子どもたちの無意識の恐怖心や想像力を刺激し、怪談として語り継がれてきたのです。