本作において、多くの読者・鑑賞者が最も涙を流すポイントが「喜多嶋先生」の存在です。こころが通う適応指導教室(心の教室)のカウンセラー・喜多嶋先生は、いつも優しく寄り添い、「こころさんは戦っている」「学校だけがすべてじゃない」と絶対的な肯定を与え続けました。
この喜多嶋先生の旧姓は「井上」であり、その正体は大人になったアキ(井上晶子)です。城での掟により、元の世界へ戻れば城での記憶はすべて消去されるはずでした。しかし、絶望の淵から仲間たちに命を救われたアキは、大人になってソーシャルワーカーの道を志し、「いつか出会うはずの仲間たち」を現実世界で迎え入れるための防波堤となって待っていたのです。
アキは大人になってから、相談に訪れた中学生の「安西こころ」という名前に触れ、失われたはずの記憶と約束の輪郭を思い出し、涙を流しながらこころを抱きしめます。時空を超えた友情が、現実世界で具現化する奇跡の瞬間です。
さらに物語のラストシーン、現実世界で中学2年生に進級したこころの前に、ハワイから帰国したリオンが転校生として現れます。本来なら城の記憶を失っているはずのリオンですが、こころの顔を見た瞬間、確信に満ちた表情で「大丈夫だから、大人になって」という言葉を心の中で紡ぎます。オオカミさま(実生)が最後の温情としてリオンにだけ記憶の欠片を残した、あるいは魂の深い部分で覚えていたことが示唆され、こころとリオンの「その後」の絆を力強く予感させながら幕を閉じます。