大橋が通っていたのは、大阪府内でもスポーツや学業の指導で知られる浪速高等学校だ。文武両道を掲げる校風の中、彼は一般の生徒と同じように通学し、授業を受け、放課後には芸能活動へと飛び出していく過密なスケジュールをこなしていた。高校時代の彼は、決して「特別扱い」を望まず、制服の着こなしから提出物の期限に至るまで、学校のルールを厳格に守っていたという。
早朝の電車内で英単語帳をめくり、授業中はノートをびっしりと取り、終鈴が鳴ると同時に稽古場へ向かう。そんな往復生活は、心身ともに膨大なエネルギーを消費するものだったはずだ。しかし、当時の同級生は「大橋が疲れた顔をして登校してきた記憶がない。いつ見てもニコニコしていて、教室に入るだけでパッと周りが明るくなった」と述懐する。己の厳しさを他者に見せず、明るい表情だけを届けるというスタンスは、すでにこの頃から完璧に出来上がっていた。