最初の離婚から5年後の1991年、日本中を騒然とさせるビッグカップルが誕生する。当時、トップ女優として絶大な人気を誇っていた薬師丸ひろ子との電撃結婚である。ふたりの出会いは1987年、彼女のシングル「胸の振子」を玉置が作曲したことがきっかけだった。ハワイでの挙式は連日ワイドショーで大きく報じられ、誰もが羨む夢のカップルとして祝福された。
軽井沢に拠点を置き、静かな生活を送りながら互いの創作活動を刺激し合う関係が続いたが、1998年、突如として破局を迎える。忘れられないのは、薬師丸の34歳の誕生日パーティの席上で、集まった報道陣や関係者を前にふたり並んで離婚を発表した異例の会見だ。「お互いの将来を考えての前向きな決定」と語られたこのスピーチは、愛の形が変わっても互いを尊重し合う大人の引き際として、今なお語り継がれている。