映画『プラダを着た悪魔』の幕開けを飾り、作品の代名詞となったオープニング曲は、スコットランド出身のシンガーソングライター、KTタンストール(KT Tunstall)が歌う『Suddenly I See』です。彼女のデビューアルバム『Eye to the Telescope』(2004年)に収録されていたこの楽曲は、映画の世界的メガヒットによって爆発的な認知度を獲得しました。しかし驚くべきことに、この曲は映画のために書き下ろされたものではありませんでした。
映画関係者や当時の制作陣が明かした証言によると、監督のデヴィッド・フランケルと編集チームは、物語の冒頭で「観客を一瞬で作品世界へと引き込み、主人公アンディの飾らない等身大のキャラクターとモード界の眩暈(めまい)がするような華麗さを対比させるキラーチューン」を何ヶ月も探しあぐねていました。膨大な候補曲が試されるなか、すでに本国イギリスでラジオヒットしていた『Suddenly I See』の音源が制作ルームで流れた瞬間、スタジオ内の空気が一変。全員が「アンディの物語はこの曲以外にあり得ない」と直感したと語り継がれています。
この『Suddenly I See』の歌詞には、実に味わい深い創作秘話が隠されています。サビで繰り返される印象的なフレーズの歌詞和訳とニュアンスに目を向けると、この曲の真価が浮き彫りになります。
「Suddenly I see why the hell it means so much to me(突然わかったの、どうしてそれが私にとってこれほど大切だったのかが)」
「Her face is a map of the world / When she walks into the room, she doesn't take her coat off(彼女の顔は世界地図そのもの / 部屋に入ってきてもコートすら脱ごうとしない)」
KTタンストール本人が過去の特別インタビューで告白したところによると、この歌詞の着想源は映画でもファッション界のセレブでもなく、伝説的なパンクロックの女王パティ・スミス(Patti Smith)でした。名盤『Horses』のジャケットに写る、白シャツにジャケットを肩掛けしたパティ・スミスの妥協なき佇まいに圧倒され、「媚びずに自分自身の力で生き抜く強靭な女性像」への憧憬を込めて紡ぎ出したのがこのメロディだったのです。そのアティチュードが、メリル・ストリープ演じる冷徹な鬼編集長ミランダの圧倒的なオーラ、そして葛藤しながら自立を目指すアンディの成長物語と完璧にシンクロした点こそ、この主題歌起用理由における最大の奇跡でした。