1980年代末から1990年代にかけて、加藤治郎や荻原裕幸らとともに展開した「ニューウェーブ短歌」運動に対し、当時の歌壇守旧派からは「バブル期の軽薄な言葉遊び」「伝統的な抒情詩の破壊」という厳しい批判が浴びせられました。しかし、現代の視点から再評価すると、その批判は完全な誤認であったことが分かります。
彼らが試みたのは短歌の矮小化ではなく、「近代短歌が縛られていた旧態依然としたリアリズムからの解放」でした。広告コピーのような軽やかな文体の裏側に、高度消費社会において希薄化していく自己のアイデンティティや、都市生活者の孤独を痛烈に刻み込みました。穂村弘が切り拓いた口語と記号の実験は、後進の俵万智や現在の若い歌人たちへと脈々と受け継がれ、短歌というジャンルを現代文学の最前線へと再生させる原動力となったのです。