鶏むね肉が加熱調理によってパサパサと硬化してしまう最大の原因は、水分保持率の急激な低下にあります。鶏むね肉は脂質が約1.5〜2%前後と非常に低く、水分が約75%を占めるため、筋線維のタンパク質が熱によって収縮すると内部の水分が一気に外部へ流出してしまうのです。
この物理現象を逆手に取り、ジューシーな食感をキープするためのアプローチは以下の3点に集約されます。
まず第1に「肉の繊維を断ち切る削ぎ切り」です。鶏むね肉は部位によって繊維の走る方向が異なっています。1枚を大きく3分割し、繊維に対して直角に包丁を斜めに寝かせて1cm幅の削ぎ切りにすることで、熱による線維の収縮を防ぎ、口当たりを劇的に柔らかくできます。
第2に「砂糖と酒による保水下処理」です。切った鶏肉に対し、肉重量の約1%の砂糖と少量の塩、そして酒を揉み込みます。砂糖にはコラーゲンと水分を結びつける強力な親水性があり、加熱しても水分を内部に抱え込み続けるシールドの役割を果たします。
第3に「片栗粉による水分閉じ込めコーティング」です。調味料を吸わせた後に片栗粉を薄く均一にまぶすことで、表面に糊化(α化)した保水膜が形成され、内部の肉汁流出を物理的に遮断します。この3段階を踏むだけで、特別な器具を使わずとも驚くほどしっとりとした仕上がりを実現できます。
なお、よりリッチなコクと脂の旨味を求める場合は「鶏もも肉」を選ぶのも有効です。もも肉を使用する場合は脂質が十分に含まれているため保水の工夫は最小限で済みますが、皮目をしっかりと焼いて余分な脂を落とし、南蛮酢の酸味と調和させるのがプロの味付けの鉄則です。