厚生労働省の「人口動態統計」によると、日本国内における年間死産数は約1万5,000件前後に達し、人工妊娠中絶件数も年間10万件を超えています。決して稀な出来事ではないにもかかわらず、当事者の多くは深い孤立感を抱えています。
大手Q&AサイトやSNS上の当事者コミュニティ、寺院の相談窓口に寄せられた実例を検証すると、供養を検討する過程で次のような葛藤が浮かび上がってきます。
「周囲には誰にも打ち明けられず、一人で検索画面を見つめながら泣いていた。お寺に行くだけで罪悪感に押しつぶされそうだったが、僧侶に『あなたは何も悪いことはしていない、命を悼む気持ちだけで十分ですよ』と声をかけられて救われた」(20代女性・初期中絶経験者の手記より)
「死産後、夫との温度差に苦しんだ。夫は早く立ち直ろうとして話題を避けるが、自分は存在を認めてあげたかった。二人で小さな地蔵尊に手を合わせたことで、ようやく共通の区切りをつけられた」(30代女性・妊娠18週死産の告白より)
現場の実態として重要な論点となるのが、流産死産水子供養における「遺骨」と「エコー写真」の扱いです。日本の法律(墓地、埋葬等に関する法律)では、妊娠12週(第4月)以降の死産については死産届の提出と火葬の義務が生じます。そのため遺骨が存在し、納骨や手元供養の判断が必要になります。一方、妊娠12週未満の初期流産や中絶では遺骨が手元に残らないことが多く、手元にある形見は超音波画像(エコー写真)だけというケースが珍しくありません。
近年では、時間の経過とともに感熱紙が劣化して消えてしまうエコー写真供養を受け付ける寺院が増加しています。写真をデジタルデータ化して保存した上で原本をお焚き上げ供養してもらう、あるいは専用のメモリアルフォトフレームに納めて供養する取り組みが、母となった女性たちのグリーフケアにおいて大きな役割を果たしています。
また、「水子供養いつまで続けるべきか」という疑問に対しても、現場の僧侶たちの見解は一致しています。年忌法要のように一周忌、三回忌と決まった節目に行わなければならない厳格な義務はありません。多くの寺院では「一度しっかりと法要を行い、あとは自宅で思い出したときに手を合わせるだけで十分」「自分自身の心が穏やかさを取り戻すまででよい」と助言されています。