きらめく初夏の海風を想起させる明るいアンサンブルとは裏腹に、歌詞の核心部では「想い出はモノクローム 色を点けてくれ」という切実な叫びがリフレインされます。多くのリスナーが「過ぎ去った恋の思い出が色褪せてしまった情景」と解釈しがちですが、このフレーズが刻まれた背景には、作詞家・松本隆の身に起きた極めて重い悲劇がありました。
1980年夏、大滝詠一から新アルバムの制作依頼を受け、楽曲の構想を練っていた最中、松本の実妹が心臓病の急変によって20代前半の若さで他界します。当時、妹を深く慈しんでいた松本が受けた精神的打撃は計り知れず、葬儀を終えて街を歩いた際、目の前の景色から一切の色彩が消え失せ、街並みも行き交う人々もすべてがモノトーンに見えたといいます。後に松本自身がメディアの手記や特番インタビューで「本当に世界が白黒に見えた。ショックで網膜の機能が落ちていたのかもしれない」と述懐している通りの凄絶な体験でした。
自室に閉じこもり、ペンを握ることすらできなくなった松本は、大滝に「今はとても詞が書けない。ディレクターを通じて他の作詞家に頼んでほしい」と降板を申し入れました。しかし、大滝の返答は常識を覆すものでした。「松本が書けないなら、書けるようになるまで待つ」。当時、レコード会社の制作スケジュールを半年以上も遅延させることは莫大な経済的損失を意味していましたが、大滝はスタジオを押さえたまま、ただひたすら盟友の回復を待ち続けました。
やがて冬を迎え、少しずつペンを執り始めた松本が、大滝の用意したアップテンポで華やかなメロディに乗せて書き上げたのが『君は天然色』でした。歌詞中に登場する〈渚を滑るディンギーで 手を振る君の小指から 流れ出す虹の幻で 空を染めてくれ〉という一節は、生前海が好きだった妹の面影と、モノクロに閉ざされた現実世界をもう一度鮮やかな極彩色で満たしてほしいという、痛切なまでの再生への祈りそのものだったのです。