福岡市中央区天神3丁目を南北に貫く約400メートルの通り(正式名称:天神よろず町通り)が「親不孝通り」と呼ばれるようになったルーツは、1970年代の予備校ラッシュにさかのぼります。
当時、この通り沿いには水無瀬予備校や九州予備校(現・駿台予備学校福岡校の前身グループなど)といった大手予備校が相次いで校舎を構えました。九州各地から多くの浪人生が集まり、日本有数の「予備校街」として賑わいを見せるようになります。
親からの仕送りや高い学費を払ってもらいながら勉学に励むはずの受験生たちが、息抜きに通い詰めたのが通りに立ち並ぶ純喫茶やゲームセンター、居酒屋でした。「親に心配や負担をかけながら街で遊んでいる」という自虐混じりの風刺と親しみを込めて、いつしか「親不孝通り」という通称が定着していったのです。