虎の絵が猫に似ている最大の理由は、極めてシンプルです。明治時代以前の日本列島には野生の生きた虎が存在しなかったからです。
生きた虎を見る機会がなかった江戸時代の絵師たちが入手できた一次情報は、主に以下の3点に限られていました。
- 中国や朝鮮半島から輸入された古画・絵手本:宋代や明代の道釈画や花鳥画を手本とする模写。
- 長崎貿易などでもたらされた「虎の毛皮」:平面的に鞣(なめ)された毛皮そのものの観察。
- 身近に存在する「家猫」の骨格と動き:実在する唯一のネコ科動物としての観察対象。
毛皮を藁(わら)人形などに被せ、目の前で丸まる猫の骨格や仕草を当てはめて肉付けしていくという手法が、当時の制作現場のスタンダードでした。そのため、前足の関節の付き方や丸みを帯びた背中のライン、どこか愛嬌のある顔つきなど、随所に「猫の面影」が色濃く残ることになったのです。
さらに当時の博物学的な常識として、「斑点模様を持つ豹(ヒョウ)は虎のメスである」と信じられていました。狩野探幽をはじめとする狩野派の重鎮たちが手掛けた『群虎図』のなかに、虎の群れに混ざって豹が仲睦まじく描かれているのは、当時の絵師たちが不勉強だったからではなく、当時の知識体系に基づいた忠実な描写だったという事実は見逃せません。