占拠から数日間、軍上層部や戒厳司令部は決起部隊に対する処遇に大きく苦悩した。反乱将校たちの「義挙」に同情的な将官も多く、彼らを収拾するための交渉は難航を極めた。都心が緊迫した空気に包まれるなか、事態を動かしたのは他ならぬ昭和天皇の確固たる意志であった。
元老や要人を殺害し、自らの軍隊を勝手に動かした将校たちの行動に対し、昭和天皇は激しい憤りを表明。「自ら近衛兵を率いてでも彼らを鎮圧する」と固い決意を示したとされる。天皇の厳しい決断を受け、戒厳司令部は姿勢を一変させ、将校らを「叛乱軍」と認定。包囲網を狭め、奉勅命令をもって投降を促す事態へと至ったのである。