鬼ノ城の城壁は、鬼城山の8〜9合目を全周約2.8キロメートルにわたって鉢巻状に取り囲んでいます。その中心的なシンボルとして君臨するのが、発掘調査の成果を忠実に反映して木造復元された復元西門です。
1990年代から総社市教育委員会などによって進められた発掘調査に基づき、2001年に竣工した復元西門は、12本の太い掘立柱で支えられた2階建て構造を誇ります。門の下層部分は強固な石垣と土塁で固められ、開口部には強固な扉が備えられていました。眼下に広がる総社平野や倉敷の街並み、晴天時には瀬戸内海まで見渡せるパノラマは、かつての防人(さきもり)たちが水平線を睨んでいた緊張感を今に伝えています。
西門から城壁沿いに南から東へと進むと現れるのが、名所として名高い百間石垣(ひゃっけんいしがき)です。城内で最も険しい谷筋(第2水門付近)に築かれたこの石垣は、高さ約6メートル、長さ数十メートルにわたって精緻に石が積み上げられています。排水のための水門構造を備え、1300年以上前の豪雨や地震を耐え抜いて現代にその姿を留めている事実は、古代の版築土塁工法と石積み技術の驚異的な高さを如実に物語っています。