本作の制作過程は、映画史上で最も過酷かつ危険なプロジェクトとして知られています。当初は数ヶ月で終了する予定だったフィリピンロケは、度重なる巨大台風によるセット全壊、反政府ゲリラとの戦闘による軍ヘリの一時撤収などに見舞われ、最終的に238日以上にも及ぶ長期撮影へと泥沼化しました。
フランシス・フォード・コッポラ監督は全財産を担保に莫大な私財を投じており、予算超過とスケジュール遅延の重圧から自殺願望を口にするほど精神的に追い詰められました。さらに主演のマーティン・シーンが撮影中に重度の心臓発作で倒れ、神父から終油の秘跡を受けるほどの危篤状態に陥るなど、現場は常に死と隣り合わせの状況でした。
なかでも後世まで語り草となっているのが、マーロン・ブランドの出演をめぐる経緯です。超高額なギャラで招聘されたブランドは、事前に約束されていた脚本を一切読まず、極度の肥満体型で現場に現れました。痩躯の精鋭軍人を想定していた設定が破綻したため、コッポラ監督は機転を利かせ、彼を暗闇の中に浮かび上がる影として演出し、頭部をスキンヘッドに剃り上げさせました。この即興的な演出とブランド自身の鬼気迫るアドリブ演技が、結果としてカーツ大佐の不気味な神格化を生み出す結果となったのです。