常に明るい高岸ですが、その半生は決して平坦なものではありませんでした。高校時代は愛媛県の強豪・済美高校野球部に所属。ここで運命の相方となる前田裕太と出会います。
済美高校時代はエース候補として頭角を現し、高校生離れした147km/hの剛速球を投げるプロ注目の大型右腕でした。プロ入りを目指して東洋大学に進学したものの、大学3年時に右肘の靭帯断裂という選手生命を揺るがす大怪我に見舞われます。
怪我の痛みに加えて精神的なプレッシャーから重度のイップスを発症。ボールがどこへ飛ぶか分からない絶望の淵に立たされ、プロ野球への夢を断念せざるを得なくなりました。深い挫折を味わった高岸を救ったのが、母校・済美高校の校訓であり恩師の言葉でもあった「やればできる」というフレーズでした。絶望から立ち上がり、人を笑顔にするお笑いの世界へと飛び込んだのです。