神田まつやを語る上で欠かせないのが、文豪・池波正太郎の存在だ。名作『鬼平犯科帳』や『剣客商売』を生み出し、無類の食通としても知られた池波は、この店を深く愛した。
彼が好んだのは、昼下がりからの「蕎麦前(そばまえ)」だ。焼き鳥や蒲鉾を肴に、温かい酒をゆっくりと傾ける。そして最後に手打ちそばでしめる。池波の手記やエッセイにも登場するその洒脱な過ごし方は、現代の食通たちにとっても憧れのスタイルであり続けている。壁の品書きを眺めながら酒を呑むひとときは、まるで文豪の作品の中に迷い込んだかのような錯覚すら覚える。