日本のお菓子史において、これほど長く消費者を二分してきた論争は他にありません。きのこたけのこ戦争の歴史は、1970年代の高度経済成長期に遡ります。1975年、株式会社明治(当時:明治製菓)が「アポロチョコ」の製造設備を活用し、チョコスナックの草分けとして「きのこの山」を発売。その4年後の1979年、後を追うように「たけのこの里」が登場しました。
では、きのこたけのこ論争はなぜここまで長期にわたり過熱し続けているのでしょうか。その背景には、単なる味の好みに留まらず、株式会社明治が仕掛けてきた巧みな参加型マーケティングと、日本人の持つ「推し文化」の親和性があります。
その象徴と言えるのが、明治の国民総選挙における歴代結果です。2001年に行われた第1回総選挙では「たけのこの里」が約150万票もの大差をつけて圧勝。以降、「たけのこ優勢」の定説が定着しました。しかし、2018年の「きのこの山・たけのこの里 国民総選挙」では、たけのこ党が辛勝したものの、きのこ党が驚異的な追い上げを見せます。
そして迎えた2019年の総選挙では、新党結成やパッケージ刷新の効果もあり、「きのこの山」が約602万票を獲得して悲願の初勝利を達成。長年の屈辱を晴らす歴史的転換点となりました。以降、公式・非公式を問わず様々なキャンペーンが展開され、2026年最新のシーンにおいても両者のライバル関係は進化を続けています。