明仁上皇とともに全国の被災地を精力的に巡り、国民に寄り添う新しい皇室像を定着させた美智子さま。その姿勢は「平成流」として絶大な支持を集めた。対して、徳仁天皇とともに令和の皇室を担う雅子さまは、英語をはじめとする豊かな語学力を生かした国際親善で、独自の存在感を発揮されている。
しかし、皇室が守るべき古来の伝統と、時代に応じた革新という二つの命題は、時に擦れ違いを生む。完璧なまでに伝統的所作と公務を全うされてきた美智子さまの背中は、雅子さまにとって大きな目標であると同時に、計り知れない重圧でもあった。革新を望む声と伝統維持を求める声の揺れ動きが、二人の関係性に影を落としているかのように見えたのは自然なことかもしれない。