住友の歴史を紐解く上で欠かせない存在が、グループの祖とされる住友政友である。彼は法名「文殊院」として知られ、商人の心得を説いた書状『文殊院旨意書』を残した。「浮利を追わず」――確実性と信用を最重視するこの教えは、400年以上にわたり組織の指針として脈々と受け継がれていくこととなる。
この理念が極限まで試されたのが、1691年に開坑された愛媛県の別子銅山だ。日本最大級の銅山開発は幾度もの危機に直面したが、明治維新の混乱期に初代総理人・広瀬宰平が大規模な近代化を断行。フランス人技師の招聘や最新機械の導入によって劇的な復活を果たし、日本を牽引する一大産業基盤へと育ち上がった。