アルバムの中止と山下の退所が重なった際、一部の週刊誌やネットニュースでは「亀梨が山下の身勝手な離脱に激怒した」「二人の間には決定的な亀裂が入った」といった扇情的な不仲説が乱れ飛びました。しかし、現場を長年取材してきた取材陣の間では、この見立ては当初から否定されていました。
確かに、彼ら自身が後に公言している通り、ジャニーズJr.時代の10代半ばには「互いに目を合わせず、挨拶すらしなかった険悪な時期」が存在しました。エリート街道を突き進む山下と、這い上がるように頭角を現した亀梨。思春期特有のプライドとライバル心が衝突し、公園で胸ぐらを掴み合いそうになったエピソードは、ファンの間でも語り草となっています。
しかし、その確執を氷解させたのが2005年の『修二と彰』でした。山下が亀梨の自宅を訪れ、「これからは腹を割って話そう」と語りかけた夜を境に、二人の関係は「ライバル」から「唯一無二の理解者」へと変貌を遂げたのです。
2020年の退所劇においても、亀梨が抱いたのは怒りではなく「寂しさと、プロとしての覚悟の尊重」でした。事務所関係者の証言によると、退所決定の直後、亀梨は周囲に対して「山下がどれだけの覚悟で世界を目指そうとしているかは自分が一番分かっている。送り出すのは寂しいが、あいつの人生を他人が止めることはできない」と静かに語っていたといいます。ネット上の「裏切り・遺恨」というナラティブは、劇的な対立を好む外部が作り上げた虚像に過ぎませんでした。