1977年の電撃結婚当時、トップアイドル的人気を誇っていた中村雅俊さんと、清純派スターだった五十嵐さんのゴールインは社会現象となりました。当時としては極めて珍しかった「妊娠4ヶ月での授かり婚」を発表した記者会見で、中村さんが放った「すべて僕の責任です。彼女を一生幸せにします」という言葉は、今も昭和芸能史に残る名言として語り継がれています。
結婚生活は実に49年に及びました。夫婦の間には1男3女が誕生し、それぞれが独立した道を歩んでいます。
- 長男(中村俊太):かつて俳優として活動し、現在は芸能界を離れて一般社会人として自立。
- 長女・次女:一般人として家庭を持ち、両親の私生活を陰ながら支え続けた。
- 三女(中村里砂):ファッションモデル・タレントとして独自のガーリーカルチャーを牽引し、母親譲りの大きな瞳と美貌で支持を集める。
かつて中村雅俊さんはテレビ番組のインタビューで、「家の主導権は完全に妻にある。彼女が家庭の基盤を磐石にしてくれたからこそ、自分は外で役者として走り続けることができた」と深い感謝を述べていました。五十嵐さんは単なる「有名俳優の妻」にとどまらず、家族の精神的支柱として絶対的な存在感を放ち続けていたのです。