公園をただ散策するだけでは見落としがちなのが、移築された石橋群が持つ「構造的ディテール」と「政治的意図」です。
中でも最大の見どころである西田橋は、薩摩街道の玄関口として参勤交代の行列も通った格式高い橋です。橋上に復元された西田橋御門や、橋の欄干に据えられた優美な青銅製の擬宝珠(ぎぼし)は、島津公の威厳を他藩に示すための特別な装飾でした。当時の幕府法制下では、一般的な地方小河川の橋に青銅製擬宝珠を付けることは禁じられていましたが、薩摩藩は特別な許可や格式を誇示してこれを実現させています。
さらに注目すべきはアーチの裏側、水流を受け流す橋脚の「水切り」や、石同士を寸分の狂いもなく噛み合わせた「アーチリブ工法」です。重機のない時代に巨大な溶結凝灰岩を加工し、幾重もの水害に耐えうる強度を計算した岩永三五郎の設計力は、現代の土木工学者からも極めて高い評価を受けています。