日本の野鳥保護運動の歩みは、そのまま自然との共生を模索してきた歴史そのものである。1934年、歌人でありナチュラリストであった中西悟堂が創立した公益財団法人日本野鳥の会は、「野鳥を殺すな、生かして愛せよ」という情熱的なスローガンを掲げ、日本人の自然観に大きな革命をもたらした。その理念は時代を超えて受け継がれ、元会長であり俳優としても親しまれた柳生博の手によって、より身近で親しみやすい環境保護のムーブメントへと昇華していった。
その思想の最前線として地域に深く根を下ろしているのが、日本野鳥の会群馬だ。地元のボランティアや専門家たちが手を取り合い、上州の豊かな生態系を守る活動を幾重にも重ねている。絶滅危惧種のモニタリングから子供たちへの環境教育まで、彼らのアプローチは実に多様だ。