作中で最も多くの観客が抱く疑問が、「なぜ千尋は両親のために残していたにがだんごを、ハクとカオナシに使い切ってしまったのか」という点です。この選択には、作品全体の根底に流れるテーマが深く関わっています。
千尋の両親が豚に変えられた根本原因は、神々の食べ物を無断で貪り食った「際限のない欲望と無作法」にありました。もしにがだんごを食べさせて無理やり元の姿に戻したとしても、彼らの精神的な未熟さや過ちの本質は解決しません。
物語のクライマックスにおいて、千尋は湯婆婆の試練である「豚の群れから両親を当てる」という難問に挑み、「ここにはお父さんもお母さんもいない」と見事に見破ります。千尋は都合のよい特効薬に頼るのではなく、油屋での労働と他者への献身を通じて「本質を見抜く心の目」を獲得したからこそ、自らの力で両親を呪縛から解放できたのです。
目の前で死にかけているハクや、孤独に苦しむカオナシを救うために団子を使い切った千尋の決断は、彼女自身の精神的な自立と成長を決定づける必然の展開でした。