合併協議において最も世論を二分し、激論が交わされたのが新市の名称選定です。結果として採用された「さいたま市」というひらがな表記は、当時の全国ニュースでも大きな話題を呼びました。なぜ、伝統的な漢字表記ではなく、ひらがな表記が選ばれたのでしょうか。
さいたま市のひらがな決定理由には、公募結果と両市の政治的パワーバランスが複雑に絡み合っています。2000年に行われた新市名称の市民公募において、有効応募総数の中で第1位を獲得したのは、漢字の「埼玉市」でした。しかし、これに対して大宮側協議会関係者から強い抵抗が示されたと伝えられています。県名と同じ「埼玉」ではあるものの、「埼玉=県庁所在地の浦和」という連想が強烈に働き、大宮市民感情として「浦和に飲み込まれた」という印象を払拭できないという懸念があったためです。
一方で、公募2位の「さいたま市」、3位の「大宮市」、さらには「彩央市」や「関東市」といった新名称候補が並ぶ中、名称検討委員会は極めて神経質な折衝を強いられました。当時の検討委員会関係者の手記には、「漢字の『埼玉』では浦和色が濃すぎ、『大宮』では浦和が到底納得しない。新世紀の都市像として柔らかさを演出しつつ、両市のメンツを保つ落としどころがひらがなの『さいたま』だった」という生々しい舞台裏が記されています。
歴史と格式を重視する旧浦和市民からは「県庁所在地としての重みが損なわれるのではないか」という困惑の声も上がりましたが、2000年4月の協議会投票を経て「さいたま市」が正式採択。こうして、どちらか一方の旧市名でもなく、漢字の県名そのままの引き継ぎでもない、前例のないひらがな政令市名が誕生することになりました。