赤の女王の暴走を理解する上で避けて通れないのが、妹である白の女王(ミラナ)とのドロ沼の確執です。一見すると、純白のドレスを纏い、生き物を慈しむ可憐なミラナが「善」であり、赤黒いドレスで動物たちを踏み台にする姉が「悪」であるように設計されています。しかし、物語のレイヤーを一枚剥ぎ取ると、姉妹関係のグロテスクな実態が浮かび上がります。
長女としての誇りを持っていた彼女には、赤の女王の本名「イラスベス(Iracebeth)」という名が与えられていました。これは英語の「Irascible(怒りっぽい、短気な)」に由来する不吉なネーミングですが、彼女自身は生まれながらに邪悪だったわけではありません。むしろ幼少期は、感受性が人一倍強く、誰よりも親の愛情を欲する不器用な少女でした。
悲劇を決定づけたのは、彼女の成人を祝う戴冠式での出来事です。正当な王位継承者として王冠を被せられる瞬間、巨大化した頭部に王冠のサイズが合わず、無理に押し込もうとした結果、代々伝わる高貴な王冠が粉々に砕け散ってしまいました。その瞬間、宮殿に居合わせた貴族や民衆、さらには最愛の妹ミラナまでもが彼女を見て吹き出し、嘲笑の渦が巻き起こったのです。
激昂したイラスベスが激しい怒りを露わにすると、国王は「統治者にふさわしい資質を欠く」と冷酷に判断。王位継承権を剥奪し、次女であるミラナを次代の君主として指名しました。この「タルト事件による冤罪」「外見への嘲笑」「王位の簒奪」という三重のトラウマが、イラスベスの心を完全に破壊し、アンダーランドを恐怖で支配する血塗られた暴君を生み出す決定打となったのです。