稀代のリーダーが息を引き取る直前、どのような言葉を遺したのか。一部のメディアやファンの間では「だめだこりゃ」と往年の名セリフを呟いたのではないかといった劇的な俗説が語られることもありました。しかし、その真相はまったく異なる、静かで温かなものでした。
長男であり、後に手記『親父の背中―いかりや長介アンコール』を上梓した息子・いかりや浩介さんの証言によれば、いかりやさんは病床でドラマのような大仰な遺言を書き遺すことはありませんでした。意識が薄れゆく最期の数日間、激痛や息苦しさと闘いながらも、駆けつけた家族一人ひとりの手を力強く握り返し、目を見つめて微かに頷いたといいます。
浩介さんは手記の中で、「父は最期まで弱音を吐かず、家族に心配をかけまいとする不器用な昭和の男だった」と述懐しています。自身の病状を過剰に誇張して同情を買うことを何よりも嫌い、役者として、一家の主として凛とした態度を崩さなかったことこそが、いかりやさんが無言のうちに伝えた「最後のメッセージ」だったのです。