森博嗣作品に足を踏み入れようとする読者が必ず直面するのが、「作品数が多すぎてどこから読めばいいのかわからない」という贅沢な悩みです。ネット上では「好きなものから読んで構わない」という声も散見されますが、文芸評論的にも作品構造的にも、絶対に崩してはならない王道の読む順番が存在します。
最も推奨される基本ルートは、「刊行順に沿った体系的読解」です。
第一歩は、言わずと知れたS&Mシリーズの第1作『すべてがFになる』からスタートし、第10作『有限と微小のパン』まで順番に読み進めることです。孤島のハイテク研究所で起きた密室殺人事件と、天才・真賀田四季の思想に触れる体験は、森ミステリの骨格を理解する上で外せません。
続いて手に取るべきは、貴族探偵・瀬在丸紅子を中心としたVシリーズ(『黒猫の三角』〜『赤緑黒白』)の全10作です。一見するとS&Mとは独立した別世界の事件に見えますが、物語の背後には緻密な伏線が張り巡らされています。
そして、S&Mの10作とVの10作を読了した者だけが辿り着ける至高の報酬が、『四季(春・夏・秋・冬)』の4部作です。この作品で両シリーズの登場人物たちの時間軸と因果が劇的に交差し、ひとつの巨大な「森博嗣サーガ」として結実します。このカタルシスは、シリーズをバラバラに読んでは決して味わうことができません。
本格ミステリを堪能した後は、AI社会の深層を描き出したWシリーズや、切ない浮遊感に満ちたスカイ・クロラシリーズへと枝分かれしていくのが、最も満足度の高い読書航路となります。