大阪メトロ堺筋線・中央線の堺筋本町駅から徒歩数分、かつての繊維問屋街の中心地である大阪市中央区久太郎町に構えられていたクラボウ本社ビル。1888年に岡山県倉敷市で創業した倉敷紡績株式会社が、大阪の経済中枢として長らく守り続けてきたシンボルタワーの売却発表は、産業界に小さくない衝撃を与えました。
多くの関係者が疑問を抱いたのが、「なぜ伝統ある自社ビルの建て替え計画ではなく、売却・外部移転というドラスティックな方針を選んだのか」という点です。同社が公表した適時開示資料および事業説明会の発言録を精査すると、そこには極めて合理的かつ現代的な3つのクラボウ本社ビル売却理由が浮かび上がってきます。
第一の理由は、執務空間の過剰化とワークスタイルの激変です。コロナ禍を契機にテレワークやオンライン商談が業務に深く浸透し、従来のような「全社員が一斉に机を並べるオフィス」の必要性が激減しました。地上7階・地下3階、延床面積約1万5,502平方メートルにおよぶ本館と、地上9階建てのクラボウアネックスビル(延床約3,067平方メートル)を合わせた広大な執務スペースは、出社率の低下に伴い明らかな余剰区画となっていたのです。
第二の理由は、建物の老朽化に伴う巨額維持コストの回避です。本館は1971年の竣工から50年以上を経過しており、将来的な大規模修繕や脱炭素(ゼブ・省エネ化)対応を施すには数十億円規模の投資を余儀なくされる状況でした。莫大なキャッシュを投じて自社で本社ビル建て替え計画を推進するよりも、流動化によって資本効率を高める道が選ばれました。
第三の理由は、東京証券取引所の市場改革に対応した資本収益性(ROE・ROIC)の改善です。「持てる資産」を固定化させるのではなく、現金を創出して次世代の成長産業へ再配分するアセットライト経営へのシフトが、経営陣の意志決定を決定づけました。