水辺から顔を出したヌートリアを間近で観察すると、上下から突き出た鮮烈なオレンジ色の前歯(切歯)が目につきます。この不気味ともいえる鮮やかな着色は、病気や汚れではありません。エナメル質(歯の最表面)に高濃度の鉄分(酸化鉄)が沈着している生体鉱物化による構造的特徴です。
鉄分を取り込むことで、ヌートリアの前歯は人間の歯や一般的な骨を遥かに凌ぐ硬度を獲得しています。裏側の象牙質は柔らかいため、硬いものをかじるたびに前面の硬いエナメル質だけが鋭利に残り、常に彫刻刀のように研ぎ澄まされた刃物状態が維持されます。これにより、水中の硬いヨシやヒシの地下茎はもちろん、細い木の幹、プラスチック配管、果ては薄い金属フェンスすら噛み切る破壊力を生み出しています。
この強靭な歯を持つヌートリアに対し、「可愛いから」と安易に手を出したり餌付けを試みたりする行為は極めて危険です。追いつめられたヌートリアは攻撃性をむき出しにし、成人男性の手指を骨ごと噛み砕くほどの咬傷事故を引き起こします。さらに、野生個体はレプトスピラ症などの人獣共通感染症や寄生虫(旋毛虫、ヌートリア疥癬等)を高確率で媒介しており、噛まれたり引っかかれたりした場合は重篤な全身症状に陥る恐れがあります。
対照的に、動物園で親しまれるカピバラは前歯の色が白から淡い黄色にとどまり、性格も非常に温厚で群れを重んじる草食動物です。野生下での寿命は5〜10年、飼育下では10〜12年ほど穏やかに生きる生態を持っていますが、見かけが似ているからといって野生のヌートリアをカピバラと同じ感覚で扱うことは絶対に避けるべきです。