ひなせが無性別を選んだことで、幼少期からひなせを一途に愛し続けてきた佐倉しおりと有馬りつの恋はどう着地したのか。この三者の関係性の描写こそ、本作が傑作と評される大きな要因です。
しおりは女性へと分化し、ひなせへの純粋な恋慕をまっすぐに伝え続けました。一方でりつは男性へと分化し、親友としての距離感を保ちながらも、ひなせを一人の人間として切実に求めていました。通常の恋愛作品であれば、「どちらと結ばれるか」という勝敗の構図に陥りがちですが、吉村旋先生が描いたのは、相手を独占する愛から「相手の存在そのものを肯定する愛」への昇華でした。
ひなせがどちらの性別にもならない決断を下した際、しおりとりつは深い喪失感や葛藤を味わいながらも、その選択を涙ながらに受け入れます。もしひなせが無理に性別を選んで自分と結ばれたとしても、それは本当のひなせを救ったことにはならないと理解したからです。
完結第10巻のエピローグでは、それぞれが社会人となり、大人の道を歩み始めた3人の姿が描かれます。恋人という分かりやすい記号で結ばれることはありませんでしたが、ひなせ、しおり、りつの間には、世俗的な恋愛関係をはるかに超越した「人生の伴走者」としての強い絆が残り続けました。誰かを傷つけて奪い合う結末ではなく、互いの境界線を尊重し合ったこの結末は、切なくも温かい余韻を残しています。